この仕事に就くことは僕の夢でした。

 そんなわけで大学の4年間、ある児童養護施設で、管理宿直のアルバイトをさせてもらい、多くの子ども達と関わってきました。
 子ども達と生活を共にしていく中で、何度も「自分はこの子ども達のために何ができるだろうか。」といった事を考えていました。
 しかし、子ども達と一緒に過ごす程に、自分は何もしてあげることはできないと感じるようになりました。

 施設で生活する子ども達は、私などとは全く違った生育歴を持っており、何の心配もなく甘えて育ってきてしまった私が、その小さな胸に抱えきれないほどの重く深い思いを抱えた子ども達の心に本当の意味で共感し、支えていくことができるのか、不安になり、子どもと関わり続けていくことに自信をなくしてしまいました。

 しかし、子ども達にとって何の役に立たなくても、体験的な理解に欠け、たとえ子どもの思いに共感できなくても、ただただ子どもの側にいて気持ちに寄り添うことはできるのではと考えました。と言うか、自分にはそれしかできないと思いました。

 子ども達とふれ合う時間を大切にし、できる限りたくさん話をし、一緒に遊び、全身で子ども達と接しました。そういった関わり合いを通してある時は、日頃、反抗的な子どもの夜になり温もりを求める表現や、ふと将来に不安を覚え涙する姿、お互いの夢を語り合った夜、園庭でのサッカーに熱くなり、本気になって言い争った思い出など、たくさんのかけがえのない場面を子ども達と過ごすことができました。私は施設で共に過ごす子ども達が心底大好きで仕方なくなりました。

 いつの間にか、子ども達のために何ができるだろうかと思い悩むよりも、ただ大好きな子ども達とできる限り一緒にいて、体一杯で愛して、良いことも、悪いことも、全部、体験や思い出を共有したいと思うようになりました。

 これが僕の「なぜこの仕事に就いたのか?」という問いに対する答えであり、これは決して忘れてはらないと心に決めています。皆さんも「なぜこの仕事に就きたいのか?」という問いかけを忘れないでいて欲しいと思います。
 だから、この場所で何がしたかったのか、何がしたいのか?ちょくちょく、自分にそういう問いかけをしては、すべての出来事に対して「全部、やりたかったこと」と自分に言い聞かせています。

 子どもとご飯を食べることも風呂に入ることも、TVを見ることも、頑張って練習して春夏の球技大会に出場することも、いたずらをした子どもと謝りにいくことも、学校に呼び出されることも、問題行動をくり返す子どもとぶつかったり、とことん付き合うことも、保護者と子どもについて話すことも、ここで起こる全ての出来事が、「あ〜、やりたかったことなんだ」と自分の中で噛みしめて、感謝したいと思っています。

 この仕事で何をしたいと思っていますか。何をやり遂げたいと思っていますか。

 私は、この問いかけを、目まぐるしい日々の中でも、決して忘れないでいたいと思います。
 大学4年の就活の時期に、自分はどのような職業に就いていくべきか改めて考えた時、人生の大半の時間を費やすであろう場所が自分にとって最も生き生きと輝ける場所でありたいと考えました。

 生き生きしている自分に出会える時間。他のどんな瞬間よりも、施設で子どもたちと過ごしている自分が好きですし、なりたい自分になれる、自分らしくあれる場所であるという気持ちに今も変わりはないです。
 何よりも僕にとっては夢の舞台です。ここで何を成し遂げられるか、毎日模索しています。
 皆さんにとっても職場こそがもっとも生き生きと輝ける、自分らしくあれる場所となるよう願っています。

 でも、やればやるほど、分からないことばかり、一生懸命投げかけても、伝わらないことばかり。難しいなぁ。と感じる毎日です。
 その一方で些細なことが大きな喜びとなることも沢山あって、子どもの何気ない一言やしぐさがその日一日を幸せにしてくれることがあります。
 そうして、卒園した子どもとの関わりは本当に将来への希望や夢を見せてくれます。

 大学時代にアルバイトしていた施設を辞める時、色んな事を学び、その姿にこの仕事に就きたいと思わせてくれた、本当にお世話になった30年以上のベテランの先生(職員)に頂いた最後の言葉が

「ハマればおもしれーから、この仕事は。がんばれ。」という言葉でした。

 ハマるとはどういうことなのか、考えていましたが、少しずつその意味が分かってきたような気がしています。
 心も体もどっぷりと子どもとの生活を楽しみ、浸っているその先生の姿はまさに「ハマって」いました。そして僕もこの仕事の面白さにハマりつつある。だから、今度は僕から皆さんに言わせて下さい。
 「ハマると面白いですよ。この仕事は!」
 良いことばかり言っていますが、自分が健康な精神状態で仕事に臨めるのは、素晴らしい職場の仲間と築きあげてきたチームワークの支えがあってこそです。内原和敬寮は本当に素晴らしいチーム。数ある仕事上の問題において、職員との関係、職場環境といった問題が起こりえますが、これは、本当に残念なことで、子どもにとっても何一つ、良いものを与えません。
 私たちの職場には、まずは職員の笑顔を溢れさせて、気持ちのよい挨拶をたくさん飛び交わせ、常に、子どもたちと僕たちの住む場所をきれいな環境を整えるようにしています。

 これらのことは仕事上の立場とか経験年数とか関係なく、誰もが日々の中で実践できること。
 「あの人、笑顔がないな、挨拶が小さいな、覇気がないな」と思う前に、まずは自分がそれを実践する人になろうということ、「まず自分でできることを始める」そんな考え方をいつも心掛けています。
 素敵な職場の雰囲気は他の誰でもない、私たちひとりひとり自身が作っていくものであると思っています。


 一方で、忙しい日々をただこなしているだけの自分がいることに気付いてしまうこともある。
そんな時に、いつも心に流しているメロディーはブルーハーツの「夢」という曲。僕のテーマソングです。

「あれもしたい、これもしたい。もっとしたい、もっともっとしたい」

という貪欲さと野心に溢れた唄。まさにこの感覚が僕は大切だと思うし、そんな気持ちでこの仕事に就きました。
でもいつのまにか「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」と毎日と向き合い、漫然と過ごしている自分がいつの間にかいる時、いつも新しい発想と、仕事に対する貪欲さを持て!と気持ちを奮い立たせられます。

 「あれもしなきゃ、これもしなきゃ。」と考えながらやるよりも「あれもしたい、これもしたい。」ってやる方が絶対面白い毎日になるし、いいもの生まれると思います。
 6年前と今現在と、仕事に対して考えていることはあまり変わっていません。「いつまでもきれい事や、理想をいきいきと語れる大人でありたい」「あれもしたい、これもしたい」とやりたいことばかりの自分でいつまでもいたい、そう強く思っています。


 私が見学した保育園は建て替え前の古い園舎でした。
 部屋からすぐにベランダへ出る事が出来る作りとなっていて、そのベランダには陽の光が差し込んでとても明るく、そこで子ども達がおいしそうに給食を食べていた光景を今でもはっきりと覚えています。
 私は見学してすぐに「あったかい雰囲気だな」「大きな1コのお家みたい!」と感激しました。そこで目にした職員と子ども達とのやりとりは初めて訪れた私でも十分に伝わるほどの、親しみや愛情が込められた保育をしているのだと感じとれました。

 思うように靴が履けない子や給食をこぼしてしまう子に「あらあら!」「どれ?」と声を掛けている姿でした。
 言い方によっては嫌な気持ちを与えてしまいそうな声かけですが、私にはそこに愛情が感じられ、子どもと職員との距離の近さも感じられました。この時の見学がきっかけとなって、私は試験を受け、ご縁あってお仕事をさせて頂くようになりました。

 建物が替わった今でも、私はお仕事をしている中で、園の先生方の温かみや子どもとの距離の近さを感じています。あの時、見学をした時に感じた雰囲気は、年月が過ぎ、職員が変わっても、現場の職員にリレーのバトンのように引き継がれ、築き上げられているのかも知れません。
 この雰囲気が感じられるのは常に相手を気に掛け、心遣う「思いやり」の気持ちがあるからでしょう。

 就職前の研修中のことですが、私は毎日感じる不安や緊張からか胃を痛めてしまうという事がありました。我慢できる痛みだと思って仕事を続けていたのですが、そんな私のちょっとした変化に気が付いてか、1人の先生が「どうしたの?」と体調を気にかけてくれました。何気ない一言ですが、その時の「どうしたの?」は私の心にとても響いて胸がいっぱいになり、それまで張りつめていた緊張の糸が切れたように涙が出てしまいました。
 私のことを気にかけて見てくれていたのかもしれませんし、その時は他の沢山の先生方にも優しい言葉をかけて頂いて、とても嬉しかったという気持ちを今でも忘れません。
 時には私のいけない所を指摘してくれた先生方もいます。
 一年目だった時のことです。保育園には遅番の勤務があり、夜18時以降2人の職員で最後の子どもが帰るまでの間保育をしています。その日はベテランの先生と一緒の遅番でした。最後の子どもの親御さんがお迎えにみえて、私はその日の様子を伝えて、「さよなら」と挨拶をして2人が部屋を出るのを見送りました。それから部屋の片付けをすぐに済ませ、窓のカーテンをサーッと閉めようとした時、「先生ちょっと待って、カーテンはまだ閉めないで」と止められました。

 子どもと親御さんが門を出たのを見届けるとその先生はカーテンを閉めました。「自分が帰る時に、カーテンを閉められたらどう思う?」そう問い掛けられハッとしました。私はその時に帰るお母さんの気持ちを考えていなかったからです。遅番が終わり、自分が帰る準備をしようとするあまり、仕事を終えてからお迎えに来て、帰っていく親御さんの気持ちに気遣えませんでした。今となっては当たり前のことのように思えるのですが、その頃の私にとっては大きな気づきでした。

 3年目の運動会の練習の時、私は親子で踊るお遊戯の担当になりました。練習をする時には親御さんはいないので、どのように練習を進めたら良いか分からず、練習が出来ないまま日にちが過ぎたある日、その頃主任をされていた先生にいつ始めるのかを聞かれました。はっきり答えられない私に「子ども達はそれで上手に踊れるの?」と投げかけられ、何も言えずただ謝ることしかできませんでした。

 「どんな風に練習をすれば良いですか?」と、そんなことも聞けずに指示を待っていた自分と、子ども達のことをきちんと考えられなかった自分を深く反省しました。それから運動会までの間、主任の先生が練習する時間を作れるよう配慮して下さったり、一緒に踊って練習に参加して下さったりして無事に行う事ができました。
主任の先生の子どもを思う気持ちと、私をフォローしてくれた有り難さをひしひしと感じました。

 私は昨年からグループリーダーとしてお仕事をさせて頂くようになり、上の立場にある先生方の思いに気づかされる機会があります。「この先生のここはこんな風になったらいいな」と思うことをどう伝えるか、伝え方の難しさも分かるようにもなってきて、あの時、私にはっきりと指摘してくれた先生の気持ちを考えると、本当は言いにくいことだったろうに、私の為に、きっと良くなって欲しいという思いで言ってくれた言葉なのだと思います。あの時に反省したことは胸の中に残っており、今でも心にとめて保育をしています。

 私は失敗する事が多く、何度も自分はこの仕事に向いていないのではないかとくじけそうになりましたが、友だちや家族、周りの先生方の励ましに支えられ、何より目の前にいる子ども達の笑顔に元気をもらって乗り越えてきたと思います。

 私の心はいつも子ども達に動かされています。

 赤ちゃんが一生懸命ゴクゴクとミルクを飲みながら小さな手で私の指をキュッと握り返す仕草に。

 「ごめんね」が言えなかった子がお友達に初めて「ごめんね」を言った勇気に。

 鼓笛の練習で楽器が上手く演奏出来ず、悔しそうに目に浮かべる涙に。

 時には時間に追われ、業務に追われ、「忙しい」と思う時もあります。
 それぞれの人に合わせて違った対応をしたり、気遣うことも多く、個別で支援していくケースも増えており、子どもが抱えている家庭の環境によっては、関わりが難しく、対応に戸惑うことも少なくありませんし、難しい判断を迫られることもあるかと思います。

 そんな時には自分だけで抱え込まず、周りの人の「智慧」を借りたり、様々な人たちと連携をしながら、みんなで一生懸命考えることで対応を可能にしていけると思います。

 どんな時にも周りには自分を気にかけてくれている職員が沢山います。互いのことを知り、支え合い、協力して物事をやり遂げられれば、それは法人の目標の「同事協力」にも繋がってくると思います。


 「忙しい」とは心を亡くすと書くそうです。ついつい「忙しい」と口にしてしまいますが、それでも子ども達を思い、子ども達の気持ちに寄り添っていける保育士でありたいし、私自身が思いやりのバトンを次へ繋げていける人でありたいと思っています。